【ネタバレ・感想】「億男」(2018)~金に操られない人生を~

2018-10-31映画・ドラマ

こんにちは。今年一番の赤字を更新して、家計簿を眺めながら震えています。すと子です。

現在絶賛公開中の映画「億男」(2018)(公式サイトを観ました。その感想レポです。

 

映画「億男」(2018)ビジュアル
(C)2018映画「億男」製作委員会

 

主演に佐藤健と高橋一生を迎え、しかも映画「るろうに剣心」の大友啓史監督ですよ。映画のテーマは「金」。原作は未読ですが、期待値しか上がらない。

作品情報と概要

作品情報

  • 監督:大友啓史(「るろうに剣心」シリーズ、「ハゲタカ」など)
  • 原作:川村元気「億男」(文藝春秋)
  • 脚本:渡部辰城/大友啓史
  • 製作:市川南
  • 出演:佐藤健/高橋一生/黒木華/池田エライザ/北村一輝/藤原竜也/沢尻エリカ
  • 公開年:2018
  • 製作:日本
  • 上映時間:116分

概要

3,000万円の借金を背負い、妻子とも別居中。昼は図書館で、夜はパン工場で働く一男(佐藤健)。

冴えない毎日を過ごす彼は、ある日宝くじに当選し、3億円の現金を手にすることに。

これで借金も返せるし、そうすれば再び家族と一緒に暮らせるようになるだろう。そんな期待に浮かれながら、一男は大学時代の親友の九十九(高橋一生)と共に豪勢なパーティーを行う。

散々シャンパンを呑み、酔い潰れた一男。翌朝目を覚ましたパーティー会場には誰もおらず、昨晩ばら撒いた一万円札が散乱しているだけ。

そして親友の九十九は、3億円と共に姿を消した。

あの金がなければ、家族と共に暮らせない。一男は九十九の居場所と真意を求めて、金持ちに顔が利く港区女子・あきら(池田エライザ)に頼み、かつて彼と親交があったという三人の億万長者たちのもとを訪ねていく……。

 

以下、がっつりネタバレなのでご注意を。

 

あらすじとネタバレ

一男はなぜ九十九に宝くじ当選を明かしたのか?

「いやいや、普通他人に言わないでしょ……」

予告を観た段階ではそう思っていました。だって、自分が宝くじ高額当選したら、人に言いますか? 私だったら家族にさえ伝えるかどうか悩みます。どんなに親しい間柄といえど、金は嫉妬や欲望、揉め事の種になり得ますから。ましてや、昔の親友とはいえ、十年も会ってない他人には言えませんね。

しかし、映画を観て納得しました。九十九は大学中退後、「バイカム」というフリマアプリの会社を立ち上げ、アプリが超絶ヒットをかました後、大企業に会社を200億円で売却。総資産100億円超えの超お金持ちなんですね。

突然大金を手にした一男は、まずひとりで狂喜乱舞した後に、不安に駆られます。

「借金を全額返済してもなお余るこの大金を、どう使えばいいのか?」

ネットで高額当選者の末路を検索すると、どれも事件や詐欺に巻き込まれたり、急に生活水準を爆上げして余計な借金を背負い込んだりなど、悲惨なものばかり……。

失敗したくない。この大金を、正しく使いたい。そこで一男は、大学時代の親友・九十九を思い出します。

「九十九なら、お金の正しい使い道を知っているだろう」

お金はどう使えば幸せになれるのか。お金とは何なのか。教えを乞うために、一男は10年ぶりに九十九と連絡を取り、3億円を手に入れたことを明かしたのでした。まあ100億円以上持っているお金持ちが、まさかリスクを冒して3億円を奪うだなんて思わないよね。

 

三人の億万長者たちがそれぞれ辿り着いた、「金とは何か?」

「まずはお金を、見て、触れて、それから使い道を考えよう」

九十九の助言により、一男は銀行口座から現ナマ3億円を引き落とします。そして、ただ通帳に印字された「300,000,000」という抽象的な数字としてでなく、3万枚の紙切れに触れて、物質としての3億円を体感します。

ここで九十九の台詞にある通り、円玉と一万円札の重さって、同じ1グラムなんですね。前者の1グラムでできること・買えるものなどほとんど無いのに、後者の1グラムでは色んなこと・ものができたり、買えたりする。人間社会のルールで、そういう風に決められているから。

「お金を理解するために、今度は実際に使ってみよう」

そう九十九は言います。そして、見知らぬ人間をたくさん呼んで、酒に女の豪勢なパーティーが始まる。惜しげもなく開けられるシャンパン、回るミラーボール、ポールダンスで魅惑する美女、舞い散る一万円札に狂乱する人々……。あらゆる「贅沢」が繰り広げられる夜。

翌朝目を覚ますと、金庫に隠していたはずの3億円は、九十九と共に姿を消していました。

そこで九十九の行方と真意を突き止めるために、一男が会うことになるのが、かつて九十九と共に「バイカム」を立ち上げ、「バイカム」の売却金で億万長者になった、三人の人物でした。

 

百瀬の答え

一人目の人物は、元「バイカム」のスーパーエンジニア・百瀬です。北村一輝が演じていたのですが、黒縁眼鏡を掛けていて顎ひげモジャモジャだし、強烈なキャラだったので、最初は気づきませんでした。声ですぐに分かりましたけど(笑)

百瀬は現在会社を3つ経営していて、大のギャンブル好き。一男が九十九について百瀬に相談した場所も競馬場です。

百瀬は九十九の居場所は分からないと言う。それどころか、現在はコンサルタントの仕事もしている自分にとって、3億円を当てただの、ようやく妻子と暮らせるようになると思ったのに九十九に持ち逃げされただのと、一男に相談された時間は「損失」だったと言います。

そこで一男に強引に100万円を貸し、馬券を買ってみろと言います。すると見事大当たり。オッズは100倍なので、100万円で買った馬券が1億円に!

急に舞い込んできた幸運に驚きと興奮を隠せない一男。百瀬はさらに、その1億円を種に再び賭けてみろと言う。言う通りにする一男。しかし結果は外れ、せっかく手に入れた1億円が水の泡に……。

落胆する一男に、百瀬は種明かしをします。「最初から馬券など買っていない。初対面の奴に100万円貸すはずがない」と。

「さっきあんたの頭の中で行ったり来たりしたもん、あれが金の正体や」

百瀬が一男に告げた、彼なりの「金とは何か?」の答えです。この言葉、分かったようで、私にはよく分からなかったのですが……。

競馬は全くの未経験なのですが、思うに、競馬を始めとするギャンブルに金を賭けて、その結果を見届けるまでの間って、アドレナリンとドーパミン大放出で、具体的な欲望って湧かないと思うんですよね。

勝てばベンツが買える、シャネルのバッグが買える、と思いながら、賭けた馬を応援できる人って、少ないと思うんです。

それよりも、「金! 金! 金!」みたいな。当たれば天国、外せば地獄。せいぜいこの分岐点を強烈に意識するぐらいじゃないでしょうか。

使い道もはっきり意識できていない、それどころか、その金が自分に本当に必要かどうかさえ分かっていないのに。あれば天国、なければ地獄。そう人間に思わせるものが金。人間が訳も分からずに欲望を抱かずにはいられない対象。

百瀬の言葉の意味を、私はそう解釈しました。

 

千住の答え

二人目の人物は、元「バイカム」のCFO(最高財務責任者)・千住です。

百瀬に弄ばれた一男は、代わりに百瀬のFacebookと繋がり、千住へ行き着くことができました。千住は現在マネーアドバイザーとして活躍し、ウイッグと付け髭で権威付けして「ミリオネアニュ―ワールド」の教祖も務めるという、非常に分かりやすく怪しい人物です(笑)藤原竜也、ドンピシャで合ってました。

千住も、九十九とは連絡が取れない、と言います。それどころか、九十九は「バイカム」売却に関わった人間には会いたくないのではないか、と。なぜなら、売却の話が出た時に、200億円という金額にはしゃぐ経営陣の中で唯一人、九十九だけは売却に反対したから。

一男は千住の開催するセミナーに参加することに。多くの人々(信者)が集まっているセミナーの目的は、「お金という人間の生み出した概念を打ち破ること」。お金に疲れた信者たちの目の前で、千住は一万円札を破いてみせ、信者たちに財布の中身を捨てさせます(このお金は予想通り、すべて千住の懐に収められるんですけど)。

金の支配から逃れることを謳いながら、詐欺まがいの行為で信者から金を巻き上げている千住は、一男に言います。

「皮肉だろ? 紙が神さま、ペーパーがゴッドなんだ。人類はみなこいつを崇める宗教に入ってしまう、生まれながらにね」

これには、なるほど、と思いました。私と同列の席に座って鑑賞していたお爺ちゃんも、「うまいこと言うわ」と小声で言いながら笑っていました(笑)

確かに、金は神=絶対的な価値を持っているのだと、誰もが思わないと、成り立たないですもんね、貨幣経済は。

しかし、映画のパンフレットのインタビューで、藤原竜也がこう答えていました。

――バイカム売却は千住にとっても苦い想い出のように映ります。

「結果、正しかった」と言わざるをえない状況に自分を追い込んでいるんじゃないかなと思います。

※「億男」パンフレットより引用

金の核心をつく答え・正論を吐きながらも、千住はもしかしたら、「200億円を得ることより魅力的かもしれなかった、『バイカム』を売却しないという選択をしたもう一つの未来」への想像を、自分の中で押し殺しているのではないかな、と思いました。

 

十和子の答え

三人目の人物は、元「バイカム」広報IR担当者・十和子です。

千住の紹介により、一男は「バイカム」時代に九十九の秘書のような存在だった十和子の家を訪れるのですが、「バイカム」売却の際に10億円を手に入れたにも関わらず、十和子は公営住宅で質素な暮らしをしていました。

金を遠ざけるような暮らしを彼女が選んだ理由は、金に疲れたからです。若い頃、十和子の周りには裕福な男性が集まり、美しい彼女をオトすために、まるでセリのように、より高い金額を提示しては彼女を買おうとしました。さらに「バイカム」売却の際に、若くして大金を手に入れた彼女は、親しい人々から「ずるい」と非難と嫉妬を受けました。

だから、結婚相手には、金に全く執着がない人を選びました。そうすれば、もうお金について考えなくてよくなるから、と。

このくたびれた感じ、生活感を、沢尻エリカがうまく出していました。アップになった時の、目尻に浮かぶ微かな小皺が最高でした。沢尻エリカと言えば、キラびやかな役か、キビキビした役のイメージがあったので。こういうくたびれた女性の役、いいなーと思いました。

さて、一見、金の呪縛から解き放たれているかのように思えた十和子。しかし彼女こそ、(私的には)最大の闇を抱えていました。

彼女には秘密がありました。それを一男にだけ見せてあげる、と言います。

そして、狭い居間の壁紙を剥がし始めた。するとその裏には、ラッピングされた札束がびっしりと埋め込まれていました。

「包まれている、今わたしたち」

「みんな貯金好きでしょう。貯めて、貯めて、そのまま使わずに死んでいく……。お金ってそういうものなの。あることが重要なの」

百瀬よりも、千住よりも、十和子の言葉にこそゾッとしました(笑)

もはやどう使うかなど、どうでもいい。「いつか使える」という安心さえあればいい。千住が説いた「金=神」という宗教の、最も敬虔な信者。それが十和子でした。

 

3億円と共に消えた九十九の真意とは?

百瀬、千住、十和子。この三人を訪ねても、ついに連絡がとれなかった九十九が、突然一男の前に現れます。3億円の入ったバッグと共に。

九十九との友情と、彼の人間性を信頼していた一男は、彼が3億円を奪うとはどうしても思えませんでした。そして出した、一つの答えを、九十九に提示します。

「芝浜だろ?」

「芝浜」とは、かつて大学時代に共に落語研究会に所属していた九十九の十八番。要約すると、

腕はいいが飲んだくれの魚屋が、ある日大金を拾う。調子に乗ってその金で豪遊した夫を見かねた妻は、夫の拾った大金を隠す。酔いと眠りから覚めた魚屋は酒代が払えず、大金を拾ったのも「夢だったのか」と落胆する。これを機に禁酒し、身を持ち直した魚屋。三年後、隠していた大金を妻が差し出してみせ、喜んだ魚屋は久しぶりに酒を飲もうとする。が、やめる。「よそう、また夢になるといけねえ」

こんな話です。

一男は、自分を「芝浜」の魚屋に、九十九を魚屋の妻に例えた。これには、ふたつの意味があると思います。

  1. 急に手に入った大金に、一男が舞い上がってヘマをしないよう、九十九があえて大金を隠した
  2. 急に手に入った大金という、短絡的な近道で一男が本懐(=妻子と暮らすこと)を遂げないように、金以外の正しい手段で一男が目的を遂げられるように、九十九があえて大金を隠した

九十九は微笑んだまま、一男の答えを、肯定も否定もしません。

ただ彼は、自分を探す一男の姿を通して、金の正体がようやく分かった、と言いました。

「人によって、金は重くも軽くもなる。金が人を変えるんじゃない。人が金を変えるんだ」

もともと、彼が大学を中退して「バイカム」を立ち上げた理由は、「商品を売る人と買う人が、その商品に値段をつけられる場」を作り、「お金の正体を探る」ことでした。しかしその夢は、「バイカム」売却=夢を金に変えたことで破れてしまった。手段ではなく目的としての「金」に、「バイカム」経営陣は屈してしまった。

九十九にとって、一男が自分を追う道程は、まんま自分の「お金の正体を探る、第二の旅」だったんですね。

それにしても、肯定も否定もしない、というのがミソですね。九十九、一男に「芝浜だろ?」と言われて、信頼されて、嬉しかっただろうなー。普通は疑われて怒られるもんな。

 

結末

百瀬が一男に言ったことですが、一男は、3,000万円の借金さえ返せば家族と暮らせると思っていました。つまり家族との暮らしを3,000万円で買おうとしていました

一方で、妻・万佐子は、一男から3億円当選の旨を伝えられても、離婚の意志を覆すことはしませんでした。彼女は、たとえ暮らしが貧しくても、愛する家族と一緒ならば耐えられる女性でした。万佐子が一男に愛想を尽かしたのは、借金返済に追われる彼が、金のことしか考えなくなり、家族の幸せを二の次にしたからです。

3億円を手にし、九十九と別れた一男は、一人娘のバレエの発表会を、万佐子と一緒に見に行きます。そして、過去の思い出や、金に囚われていた自分の姿を思い返し、静かに涙を流します。

しかし、九十九を追う旅を通して、金に囚われていた自分を客観視できたことで、万佐子との関係も好転するんじゃないでしょうか。希望を感じさせる結末でした。

 

感想

映画のパンフレットで大友監督が似たようなことを言っていたのですが、「金」がテーマの物語って、だいたい「金がすべてじゃないよね」「金は手段に過ぎないよね」という結末に落ち着くんですよね。

本作もそれに違わず。

ただ、「金=目的」と化してしまった三人の、三者三様の「金」との関わり方、「金」の表現の仕方が興味深かったです。

私はお金とあまり縁が無いので(笑)、アラサーの割に金の使い方が下手くそなのですが、やっぱり自分の欲をはっきり意識するのは大事だな、と思いました。「金があるからこれをする」、ではなく、「これをしたいから○○円欲しい」、の健全さね。

その点、本作の主人公の一男は、「3,000万円を返済して家族とまた暮らしたい」という一貫した目的があったので、気持ちよい人物でした。

「金」について、今一度立ち止まって考えたい、という時には良い映画ですね。

あと、モロッコに行きたくなる映画でした(笑)

すと子